ネットワークビジネスで理想のライフスタイルが実現できます。初心者でも口コミ勧誘なしで成功する、在宅副業で一生涯権利収入を獲得。ネットワークビジネスで成功に導くまで全力サポートします

ネットワークビジネスがくれた自由な時間

ネットワークビジネスがくれた自由な時間

あなたは何屋さんですか?って聞かれて昔だったら

写真屋です、広告屋です、パン屋です、宅配便です

保険屋です、コンビニやってますとか・・・

答えていましたが、よくもまぁ懲りずにいろいろと、、、

時間がかかった努力人のプロフィールです

大学で空手

はじめまして! ご訪問ありがとうございます \^_^/
    
それでは「MY WORLD]へご案内しますね

  • 名前 : 渡井大喜
  • 住所:静岡県浜松市
  • 趣味:旅・車好き・大学時代は空手弐段体育会系硬派
  • 好きな言葉:感謝と思いやり


最近の様々なニュースをみていますと、感謝の気持ち

や思いやりの心が薄れ、「自分さえよければ・・・」

という自己中心的な感情が多く感じられます。

せめて、ご縁があって関わり合いをもった仲間とは

物心両面で豊かになって、実りある人生にしたいと

考えています。


静岡県磐田市で、平凡な会社員家庭の長男として誕生。

少年時代は野球大好き少年。巨人軍の選手になるのが夢でした。

サービス残業しないと出世できないの? えっ、強制残業?

明治大学経営学部経営学科卒業後、

東証1部上場M通販会社入社、人事部へ配属。

入社式では新入社員206名の総代として宣誓。


エリートコースかな?
と思いきや・・・待っていたのは・・・?

人事課長のいじめのような教育指導。

定時で帰ろうとすると、

「コレ、今夜中にやってくれ!」

と仕事を持ってくるので、帰りはいつも夜10時。


残業届を出すと、

「仕事の成果がなければ出してはいけない!」

とサービス残業の強制。

昔はこんなパワハラが通用したんだね。


人事査定は、他部所への牽制もあっていつも最低評価。

高卒者よりも賞与が少ないなんて、何でよ?


帰宅すると父から

「お前、毎晩どこで遊んでくるだぁっ!」

と怒られ、「残業だよ」と言っても信じてもらえず・・・


私が入社当時は、会社が創業者のワンマン経営から脱皮し、

組織体として発展していく過渡期。


先代からの【強制サービス残業=出世】という

悪しき慣習から抜け切れなくて、人事課長が

私をそのように教育したのではないかと思われるが、

まったくいい迷惑。2年で退社。 


終身雇用・年功序列の時代、

その後の私の人生が大きく変わってしまった。


すぐに寝装品製造卸売会社へ転職。


入社2年後に工場長を任され、

社員約40名のトップになったのが、27歳の時。

社員のほとんどが、おばちゃん達だから人間関係が複雑。


あっち立てればこっち立たず、すぐ涙で対抗してくるので

おばちゃん達を管理するのは大変な仕事だった。


工場は得意先の寝具メーカーが来社した時の見学用だから、

40人も固定給で働いていたら、利益を出すのは至難の業。


「自家工場生産をやめて、全部外注にすれば利益がでます。」

と社長に進言したが却下。


昭和52年オイルショックで、

糸辺業界が大不況となり赤字責任をとって、5年で退社。

渡哲也のデビューからの熱狂的ファン

翌早朝休む間もなく、次の会社の新人教育のため上京。

大好き渡哲也

当時、テレビドラマで渡哲也の「大都会」を観るのが

唯一の楽しみ。紺のスーツ、紺のネクタイ、

ブルーのシャツ、紺のコートにサングラス。



そんな大門部長刑事の服装に憧れて選んだ仕事が、

西武百貨店生命保険部。

渡哲也になりきって生命保険を売りました。

「ひとり~ひとり~俺ぇ~もぉひとぉり~♪」


見込客は西武グループ社員とその取引先でしたから

ルンルン(^^♪気分で、すぐにチームリーダーに昇進。

詳細関連記事:ネットワークビジネス 勝ち組戦略とは


職場結婚したのが縁で、嫁さんの兄が経営する広告代理店に

専務として引き抜かれ、また転職。

こりゃ、仕事は何にもせんむ?でいいかなと思いきや、


義兄ということで深く考えず、

入社してビックリ! 赤字経営だったのです。


営業が主だったのでクライアントと飲む機会も多く

心身ともにクタクタ疲労困憊。


4年間頑張ったが、業績回復の見込みが難しいと判断。

自分の夢を義兄に伝え、37歳の時法人を設立して独立。

独立した時の目標は、50歳まで働いて、

リタイアしたあとは、好きなことして暮らそうと決めました。


まず始めたのは昭和60年4月、コンビニエンスストア。


まだ県内でも珍しかったことと便利さが支持されて、

アッという間に25坪の店で月商1200万。



正月3日間で200万売った時には、

お客さんが来店するのが、怖かったですよ。

「お願いだからもう店に来ないでっ!」って感じ。

いわゆる、バブルの絶頂期。


そのうち同業他社に囲まれて、月商が400万まで急降下、8年で退店。

関連記事:ネットワークビジネスを知ったら、コンビニはできない


同時期、近くに大型ショッピングセンターが開店。

テナント(写真屋)で入店。

写真屋

「お買物の間に写真ができます」

「フイルム無料進呈」

が大ヒットして売上が急伸、6坪の店で

月商600万売れました。



入店と同時に任されたのが、店長会会長。

2年目はテナント会会長と販促委員長兼任。

自分から意思表示したわけでもないのに、面倒やなぁ~

なんでいつもこうなるのかな???


家を建替え、好きな車にも乗れて、

家族4人と愛犬が幸せを実感した時期でしたが・・・

この時期が今振り返れば、人生の絶頂期だったかなと思う。


長くは続かず、デジカメが登場。

みるみる高性能化し、写真画質以上にまで進化。

利益源のフィルム現像がなくなったことで、売上は急降下。


更に、デジカメ付携帯の出現によって、

アナログからデジタル時代の犠牲となった

写真屋の時代は11年で終焉。


時流や経済状況によって左右される商売は、恐いことを痛感した。


ネットワークビジネス・MLMとの出合い

50歳をすぎても、その日の生活がいっぱいでリタイアできず、

このまま一生働き続けるのかという不安でいっぱいでした。


写真屋時代にお客様から口コミのMLMを頼まれることもあり、

できる限りお付き合いしてきました。


店頭で親しい人を誘ったり、チラシを配ったりして、

次の業態に繋がればと取り組んだのですが・・・


その中には、即金ビジネスやインターネットでできるMLMも

ありましたが、そのほとんどの会社が倒産したり連絡がとれなく

なってしまいました。


その頃、インターネット上ではネットビジネスが乱立状態。

誇大表現満載のHP、甘い語句の誘惑、嘘のオンパレード・・・


それからブログが登場し、HPに特商法の表記が義務づけられ、

スパムメールがうるさくなり、そういう悪質な会社は淘汰。


その中で学んだことは、多くの犠牲者で成り立ち一部の者だけが

得する組織は必ず崩壊する・・・マネーゲームと同じである。


組織を安定的・永続的に発展させていくには、Win-Winの関係を

理念とし犠牲者をだしてはいけないということでした。

そういう想いを実現できるビジネスに出会えず撤退しました。

長いどん底生活、借金返済・離婚・家庭崩壊・入院



写真屋をやめてからは、借金返済のため長年住み慣れた家を売却、

住宅ローン売却残債、会社の借入金残債、写真機械のリース残債

とやらで、1900万円の借金が残り、その返済のために人生の地獄が、

10年間続きました。


無我夢中で働いてきて、何も悪いことをしたわけでもないのに、

罰ゲームをやらされているような辛い毎日の連続でした。(泣・・・)


佐○急○と業務委託契約し年中無休、長時間労働で働き、

借金を返済しました。


返しても返しても気が遠くなるような借金。

宝くじを買っても末等ばかり、

ネットで株取引をしても、ホリエモンに泣かされるし、

家族のことを考えれば、ここで死ぬわけにもいかないし、

家庭内では会話もなく、笑顔も消え地獄の日々が続きました。

妻はそんな生活が耐え切れず、家を出ていきました。離婚(涙)

病院

やっとの思いで借金完済の目途がついた途端に、

無理がたたって、ついに身体が悲鳴をあげて緊急入院。

10時間の大手術(心臓冠動脈バイパス術)で辛うじ

て助かりました。

やっぱり、健康が一番ですね。


関連記事:初めての入院・大手術から社会復帰を果たした実録レポート


ネットワークビジネスがくれた自由な時間



私は今、自由なシングルライフを満喫しています。

新しい仲間との出会いが楽しくて、ワクワクしながら

ネットワークビジネスに取り組んでいます o(^-^)o


時間にも人間関係にも縛られない、自由な生活を送っています。

目覚まし時計を使うこともないですし、

「あれ、今日何曜日だっけ?」「ゴミの日、燃える燃えない、プラ?」

と目覚めて考えるのが日課です。(笑)


若い時からずっと続いている唯一の趣味は、車で旅をすることです。

学生時代に、青森から鹿児島まで車中泊で一人旅をしたのがいい思い出です。

今の彼女は、フェアレディRZ33。

もう古いですが、280馬力のパワーで爽快に走ってくれますよ。

愛車

ネットワークビジネスは、地味で根気がいる仕事ですが、

目的地までのレールが最短距離で敷かれていますから

あとは時流に乗って動き出せばいいだけです。


私が10年以上前に経験した頃とは、比較にならないほど、

恵まれた良い環境になっています。

これまで私の体験談を読んでいただいてお分かりだと

思いますが、労働収入で命を削って働いたあと、

何が残るか考えたことがありますか?


体を悪くしたり、下手をすると家のローンとかの

借金が残ることにもなりかねません。

人生の成功者は、誰もやらないことを黙々とやってきた人達です。


ネットワークビジネスは、

まだまだ食べず嫌いの人達が多くいることは確かですが、


こんな渡り鳥みたいな私にとっては、

いろいろな仕事を経験して辿り着いた、

心を癒してくれる「最後の止まり木」がネットワークビジネスなのです。

やっと安住の棲家を見つけて、生活にゆとりができました。


過去の私と同じように

生活や病気不安で苦しんでいる人達の手助けになればと思い、

このサイトを立ち上げました。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

THE END

このホームページには、私の人生で培ってきたことが詰まっています。あなたのこれからの人生に少しでもお役に立てれば幸いです。
是非トップページからご覧ください。         


業界初!インターネット版 AB C が夢の実現を応援

専門チームがあなたを救う!


あなたの不安をまず期待に、そして安心へと導きます

21世紀の情報ネットワークビジネスに興味がある方は、

下記よりお申込頂くと、「動画&資料」をご覧になれます

矢印
成功の扉

  • 「動画&資料」へジャンプして、すぐに動画&資料をご覧いただけます。
  • インターネットで展開する究極の成功ノウハウをあなたにお伝えします。
  • しつこい勧誘はありませんので、ご安心ください。




シンガポール



a:5346 t:4 y:6

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

} }